無口について。何もしゃべらないことは悪なのか?

 

 

とても心地の良い夢を見るときがある。月に1回とか2か月に1回とか。その夢の中で私は、自分がその空間と調和している、あるいは誰か複数人と一緒にいて、そこで私は自分が自分である事に心地悪さを全く感じていない。そんなシチュエーションや場所。

 

 

そんな夢を昨夜見た。夢の中で私は、20人ぐらいのある団体に所属していて、みんな何か同じ目的を持って一緒にいる団体のようだったけど詳しくは忘れた。たぶんダンスが上手い集団とか留学に行く人たちの団体とか、そんな雰囲気だった。

 

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みんなただゴロゴロしている。

 

夢の中で、私はその団体にいることがとても好きだった。自分が自分であることに満足していた。そういう夢を度々見ては、「ああ、現実世界でもああいう心境でいれたらなぁ」と思う。その「心地よさ」の原因の共通点は?と考えたら、ふと、「皆んなしゃべっていない」ことだと気付いた。

 

私はそういう心地の良い夢の中で喋ることは滅多にない。というか、喋らなくても存在が認められている空間、といったらいいだろうか?そういう夢の中で私は会話というものをしない。そんな夢の中で私は多くは広い場所を走っていたりジャンプしたり、またみんなでダラダラと寝そべっていたりするんだけど、そこには「言葉によるコミニケーション」がない。

 

 

 

私は昔から無口だった。しかしよくしゃべる子の方が人気だし、楽しい感じがするし、ということで私は生涯に渡って多くの場面で「無理矢理」しゃべってきた。

 

あれはいつだったか、小学生位の頃。私はその年代は特に無口な時代だったのだけど、ある日親戚のおじさんに「ふうちゃんはほんとに無口だなぁ」と(多少の嫌味を込めて)言われて、それに大変傷ついた思い出がある。生命存続の危機レベルで傷ついた。また高校生の頃タイに留学していたとき、ホストマザーから「フキはしゃべっていた方がいいよ、だって何もしゃべらなかったらあなたはただのつまんない人だもん」と言われたのも、すごーーくよく覚えている。あのあと何回も脳内リピートしたもん。

 

そんなことから私は「しゃべらない事は悪なのだ」という価値観が芽生え、無理にでもしゃべることが善なのだと思い込んできた。

 

 

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私は人と会話をしている時、なかなか面白いと思えることとか自分の心に沿ったことが言えない。それは今だにそうだ。それはなぜならやっぱりいつだって「何かしゃべらなきゃない」という観念から言葉が出ているからだと思う。私は何か言葉を発するたびに、多くの場合自分で「つまんないこと言ってんじゃねーよ」というツッコミをしている。実際相手もそう思ってることがあるんじゃないかと思う。だって、言いたくもない思ってもいないことを無理矢理空間を埋めるがために発した言葉なんだから、つまんくて当たり前と思う。

 

ほんとに喋りたいことだけしゃべれ、と言われたら、私は1日中だって無言でいれる自信がある。

 

 

 

心地の良い夢の中で、私はいつも言葉を持たず、しかしそんな自分のことがとても好きだ。だから現実世界でも本当は無口でいたいのだと思う。もう歳も26歳になった頃だし、本当の自分と向き合ういい始めてもいいと思う。私はどう頑張っても饒舌になれなかったし、おしゃべりな女の子にもなれなかったから、もう諦めろという感じ。いっそ自分の心地の良い自分に振り切ってもいい頃かもしれないなぁ。

 

 

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何もしゃべらないことは悪なのか?たしかに、一緒にいるのに無口でだんまりを決め込んでいる人がいるとイライラしてくる気持ちは分かる。「なんで今この人と一緒にいるんだろう?」と思えてくるかもしれない。でも、ならば、言葉を持たない犬とか猫はその存在は悪なのか?一緒にいるとイライラするのか?しない。

 

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鶏たちと一緒にいるとほんとに落ち着く。それは彼らがもともと言葉を持たないからだと思う。言葉は無いけどお互いの存在はある、砂の音とか太陽の光が大きな意味を持つ、そういうところに私もいたい。無口な人といるとイライラするかもしれない。でも本当のところ、日々うるさくてうるさくて敵わない。これはマジの話、私は人と喋るときいつも自分の声にイライラしてしまう。たとえば親や、家に遊びに来ている親戚の方とかと台所で鉢合わせ、会話を交わすと、胸がざわざわしてきてしまう。体内にストレス物質が循環するのが感じられる。今まではこのイライラの原因がイマイチ分からなかったんだけど、そうか、私はしゃべること自体が本当はものすごくストレスなんだなー。あるいは「何かをしゃべらなきゃ」という強迫観念が?(たしかに、YouTubeで撮ってる時はそんなにイライラはしない。)

 

 

私はやっぱり自分を認めて、無口な自分になろうかなぁと思う。無口は悪か?でも、私が悪であろうと善であろうと世間の人にとっちゃどーでもいい話だ。生まれて26年目にして、小学生の頃の本当の自分に戻ろうか、とかぼんやり思った今日のこと。

 

 

ちなみに私が夢で見る「言葉のいらない世界の心地よさ」にいちばん近いのがこれです。

 

 

 

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