「エコ不安症」との付き合い方。希望に救われ、時に絶望にも救われるという話。

 

こんにちは!

環境問題に向き合いはじめて約一年が経ちました、フキです。

みなさん「エコ不安症」ってご存知ですか?

「エコ不安症(Eco Anxiety)」

地球環境の危機的状況に対する、慢性的な強い恐怖心」のことで、不安感や喪失感、無力感、悲嘆、怒り、絶望感、罪悪感、ふがいなさなどを払拭できず、うつや不眠症に陥ることもある。

引用: 外部サイト: 気候変動の影響は、私たちのメンタル面にも――人々をむしばむ「エコ不安症」とは?

 

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私自身、過去に2度の「エコ不安症」になり、悩まされてきました。

今回は、そんな私の体験談とともに、私流の、この症状との付き合い方・解消の仕方をご紹介しようと思います。

 

結論。

「エコ不安症」になってしまった時、私は、自分の「無力さ」と「無力でない」ことの両方に救われました。

とても奇妙に聞こえるかも知れませんが、希望にも絶望にも救われたという話です。

 

このことについて詳しく述べていきます。

 

過去2度の「エコ不安症」に悩んだ私の歴史

 

はじめに、私が環境問題について関心を持ち、行動してきた経緯をご説明します。

簡単に表すとこんな感じ↓

 

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とあるおじいさんとの出会い

私が環境問題について関心を持ちはじめたのは、2019年の6月に出会った、ベルギー人のおじいさんがきっかけです。

彼は、温暖化に加担したくないという理由で、“生涯飛行機には乗らない”と決断していた方でした。

彼との出会いについてはこの記事をどうぞ↓

【*必読*】地球温暖化に対して私たちができること。行動している人が必ずいる。

 

温暖化をはじめとした環境問題について、個人が及ぼす影響のことはあまり重要視していなかった私ですが、実際、そのように自分の人生の可能性をも捧げて未来の地球に貢献しようとしている人の存在を目の前で見て、「私にもできることがあるのだ」と気付かされました。

そして帰国後から、環境問題について一層よく調べて、できることを探して、行動するようになりました。

 

 

知れば知るほど「エコ不安症」に…

環境問題について、調べれば調べるほどネガティブで絶望的な現状を知らされた私は、だんだんと憂鬱になり、精神的に落ち込み、「エコ不安症」になってゆきました。

 

気温の上昇のせいでサンゴ礁が死んでいる。

南極の氷がかつてないスピードで溶けている。

プラゴミのせいで海の生物が死んでいる。

気温状況が2℃に達したら引き返せない負のスパイラルが起き、ここ地球は私の人生さえまっとうできない危機的状況になるかもしれない。

そしてそれは全て人間が引き起こしたことだ。

 

生きていること自体に罪悪感を抱くようになり、未来に希望が見出せなくなりました。

 

そんな時の救い①「私は無力ではない」

そんな時、私の救いになったくれたのは、環境問題のことで繋がっている、インスタグラムの仲間たちの存在でした。

この問題に関して、同じように懸念している人が沢山いる。そしてみんな、できるところから行動している。お互いに情報交換し合い、励まし合い、そういう交流の中から「希望」を見出してきました。

問題はあまりにも大きいけど、一人のやることは小さく見えるけれど、やっぱり、自分は絶対に「無力ではない」んだ。それが、エコ不安症から抜け出す大きな力になっていたと思います。

 

ふたたび「エコ不安症」になる

「エコ不安症」の第2波が訪れたのは、その約半年後。まあ、最近のことなのですが(笑)

簡単に言うと、情報を入れるのに疲れました。行動するのに疲れました。そしてなお環境志向に大きく舵が取られていない国の現状に疲れました。もう嫌になった。

そう、はっきり言って、何もかもが嫌になりました。

 

私がちょっとの節電をして何になる。

私がちまちまゴミ拾いして何になる。

私が環境問題に関して家族と討論して疲労して世界の何が救われる。

微力すぎる!!身近な家族や友達の行動さえ変えられない私のやることが!!!

 

このとき、以前の「エコ不安症」のときには効いた「希望を見出す」というやり方が完全に効かなくなりました。完全に疲れ切っていたし、精神的にやさぐれてもいたから…。

 

 

救い②「自分は無力だ」

ここで私は発想の転換をして、「自分の無力さ」に思いっきり浸ることにしました。

小さな自我で悩んでいた私は、そもそものこの問題の「スケールの大きさ」に着目して、よく考えてみたんです。

 

気候変動は地上の二酸化炭素量が多くなっていることにより引き起こされている、ということは世界の共通認識ですが、ではなぜ二酸化炭素量が多くなっているかというと、人間生活の「エネルギー源」が大きく「化石燃料」に依存しているのが大きな要因ですね。

しかしそれは、よく考えると、私たちの「選択」であるというよりはむしろ「人類の進化」の歴史でもあるんです。

 

 

旧石器時代から主なエネルギー源がずっとバイオマスでしかなかった人類が、石炭や石油といった化石燃料を見つけ、19世紀にエネルギー革命が起き、それは産業革命に繋がり、人類は飛躍的な発展を遂げました。

つまり二酸化炭素量の増大という問題の要点は、限りなく「歴史」の話であり、人類の「進化」の話なんです。

(もちろん改善点は山ほどあり、それは私たちにとっての課題ではあるのですが…)

 

 

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だから、

人間の文明のあり方がいけないんだ…。なのに何もできない私は無力だ…。未来に希望なんてない…。

って、このすごく大きな問題を、自分のレベルに置き換えて頭を悩まし、人生の時間を無駄にすることは、ある意味おこがましいことなんじゃないか?とすら考えるようになりました。

 

私にもっと力があったら、地球は救われるのに…って悩むのもいいけど、じゃあ、私が人類のここまでの歴史を変えられる?タイムワープでもして、人類の石炭の発見を食い止める?
それか、私が今、日本の総理大臣だったらよかった?アメリカの大統領だったらよかった?それって、無理でしょ!!!!(笑)

私は、環境大臣にも総理大臣にもなれないし、過去にも未来にも行けない。なら、私が「微力」なのは「当たり前」なんだってば(笑)

まして私が人生に対して絶望しようとしまいと、世界はなんら変わらない。

 

これは私にとって現実逃避というよりも、現状の「受け入れ」でした。

 

つまり、「自分が微力であること」の受け入れ、そして「環境破壊されている」という世界の現状の、ある意味での「肯定」でした。

 

しかしそれが、不思議と、私の心の安定に大きく役立ったんです。

 

 

結局私は、「絶望」によく似た「受け入れ」に救われた。それは逆説的に「希望」であった。

こんなふうに考えて私は、必要以上に罪悪感を持ったり責任感を持ったりするのをやめて、「エコ不安症」をゆっくりと乗り越えました。

 

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結局私は、「絶望」によく似た「受け入れ」に救われたんです。

…でもこのままだと自分、アカンだろ。現状に甘んじていては。今までがんばってきたことが無駄になるんじゃない?前の生活に戻れないんじゃない…?

という一抹の不安は確かにありました。

 

でも大丈夫でした。

 

私が絶望したりしなかったり、ちっぽけな自我にジタバタともがいているその瞬間にも、ふとSNSを覗けば、環境問題を叫び、活動している人が世界には依然としてたくさんいました。

自分は確かに絶望している、でも、そういう人の存在をふと思い出す時、どうせ絶望しているならば、やっぱり、自分も「そっち側にいたい」、「行動する側でありたい」。そういう気持ちが、ある日突然、ちゃんと湧いてきたんです。

 

 

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それは、「希望」に満ちた人、というわけではなく「確かな行動をひとつずつ重ねている人」。絶望とか希望を通り越した、「行動している」ことの希望。

それは一年前に私がベルギーでおじいさんと出会ったときに感じたのと同じ、とてもピュアな衝動でした。

 

ゆらゆらとして、でも、心が落ち着いたその日、ちゃんとここに戻ってこれました。

 

 

まとめ

あらゆる問題について、「心」と向き合い、ケアしていくことはとても難しいことだと思います。まして自己否定に繋がりやすい「環境問題」に関しては、ことに難しい。

 

しかし結局、この大きな問題については、

「私は微力すぎるので、私が悩んだところで何も解決されない」

ということと、

「でもやっぱり、無力ではない。」

こういう振り幅を持って付き合っていくしかないのだと思います。そう、「振り幅」です。

ちょっとずつ、ちょっとずつ。揺られながら、前に進むしかない…。

 

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「エコ不安症」と戦うあなたへ。

希望を見出しましょう。それがダメだったら絶望に寄り添ってもいい。

そしていつしか心が戻ってきたら、「意味のある行動」をひとつずつ置いていきましょう。

 

一日一個でいい。自分の心を殺さなくていい。そして疲れた時には休んでいい、絶望したっていい。

「意味」とか「希望」に寄り添いたい時、それが、一番に「意味のあること」なんだと思います。

 

 

以上です。

最後まで読んでくれてありがとうございました^_^

 

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16件のコメント

現在高校三年生です。小学生の頃にパソコン授業で地球環境について調べたことをきっかけにエコ不安症になりました。小学生の頃は周りに地球環境みたいな大規模なことについて悩んでる子なんて1人もいなかったので、誰にもわかって貰えない、周りは温暖化について全く悩んでいない、ということがとても怖くて毎年夏は1人でパニックになるほど怯えていました。異常気象が顕在化しつつある今になってエコ不安症がまた強く私を苦しめています。レジ袋の有料化を、国は今になってやっとはじめましたね。遅すぎる、あまりに遅すぎる対策だと思います。でも、大きな前進です。このブログ(であってるでしょうか、、)でとても救われました。エコ不安症というら名称も昨日知ったばかりで、仲間がこんなにいることも私は知りませんでした。知らないまま6年以上の歳月が流れていたんです。とても長い6年でした。自分語りごめんなさい。でも主さんの、絶望を受け入れて、またそれに甘んじているのでは?と絶望して、でもちっぽけな存在なんだからとループする姿が私自身でした。私そっくりでした。それにとても救われました。辛くなったときにはこのブログを見返しに来ます。

@まさん、コメントありがとうございます!返信が遅れてしまい申し訳ありません
小学生の頃から環境問題に関心があるってすごいですね(o_o)信じられない…素晴らしいです。
私も怖いことでいっぱいです。夏になるとパニックになりそうな気持ち、すごく分かります。そしてそういう人が他にもいると知れて、また一つ救われました。
世界の関心は、少しずつではありますが高まってきていますね。それは間違いなく希望と言えると思います。日本人の意識の潮目も、変わりつつあると感じています。というか、そう信じています。
ご存知と思いますが、日本で有名な環境活動家に谷口たかひささんという方がいて、彼はとても科学を信頼した人で、現実をありのままに受け止めています。しかし同時に、世界は今まで「確実に良くなってきた」という現実を見つめ、いつも必ず「希望」の方に向いている方です。彼の生き方に、私たちはとても励まされます。ほかの人に谷か強制することはなく、ただ自分のできることを淡々とやっている方です。
地球の現状を受け止められる精神的は強さが必要で、なんでこんなに孤独で、大変なことに向き合っているのだろう、と辛くなることがありますが、谷口さんの言うところの、「この問題を克服できたら、人類はひとつ新しいところに行ける」というのはまさにその通りだと思います。こちらこそ自分語りごめんなさい(笑)でもお互いに励まし合って、やれることを淡々と、やっていくのみですね。絶望と希望の狭間でゆらゆらしようとも。
コメントありがとうございました!こちらこそ救われました!

コロナウイルスでの自粛でSNSを見る機会が多くなり現在の地球環境について知りました。自粛中ということもあり様々なことに過敏になっていたのもありこの問題について少しでも目にすると強い不安感や喪失感に襲われ心身共に参ってしまいました。
この記事を拝見してこの気持ちとどう向き合っていけばいいのか、どう考えていくのかという道標になりました。
私は保育学生で近い将来こども達を育てる立場になります。その子どもたちを守るために、時に絶望とも寄り添いながら最終的に明るい道が見られるように過ごしたいと思いました。
この記事を拝見することが出来てよかったです。

ゆゆさん
はじめまして。嬉しいコメントありがとうございます。不安で押しつぶされそうな気持ち、とてもよく分かります。私は環境問題に向き合いはじめて2年経ちますが、今でも絶望と希望の間をゆらゆらしていて、特にここ最近は問題から目を背けることで自分を守ることがよくあります。情けないことに。。しかしゆゆさんからのメッセージを読んで私も励まされた気持ちになりました。自分の心を守りつつ、でも問題を看過する理由なんてどこにもないので、できる限りのことをやっていきたいと思います!ありがとうございました。ゆゆさんも、無理せず、楽しんでくださいね。孤独を感じることもなこともあるでしょうが、多くの人の気持ちがおんなじ方向を向いています。一緒にがんばりましょう^ ^

こんにちは。コロナの自粛中にテレビやネットを用いて環境問題について調べて、現在どんな状況か知ることができました。
私も同じように絶望感に苛まれ、未来に希望を見いだせません。日本は、地球温暖化の意識が低く政府もあまり危機感は、持っていないと感じています。
私には2才の子どもがいるのですが、絶望しかない未来の世界に、産んでしまった罪悪感で毎日子どもに心の中で謝る生活です。脱プラや物を大切にし、野菜中心の生活を心がけていますが、私がしたところでたかが知れてる、悲惨な未来しかないのならいっその事、今子どもと一緒に死ぬしかないのかと追い詰められてました。
しかし、この記事を拝見して同じような思いの人がいる事に、心が救われました。そして、不思議な事に死ぬ事をあまり考えなくなったのです…。
毎日、地球温暖化の最新情報をしらべていましたが一旦辞めて、心を休めるようにします。分かりにくい文章で申し訳ありません。私の心を救ってくださりありがとうございます。

ゆきさん、こんにちは。少しでも気が楽になれたのならよかったです!書いてよかったなぁと思いました。おっしゃる通り、「私がやったところで」という虚無感を私も抱えています。でも記事に書いた通り、私は無力だからこそ絶望なんてしなくていいんですよね、変な話ですが(^^;ゆきさんもどうぞ、しばらくはゆっくりお休みしてください(^^)コメントありがとうございました。私も救われました。

二児の父です。
最近のカナダの異常気象、政府のCO2削減目標の設定など、環境に関心がある高まりました。
色々な情報を調べて、我々の置かれている状況に、絶望を感じています。
我が子の笑顔を見るたびに、この子が大きくなる頃はどうなるのかと、不安と申し訳なさを感じる日々です。
いつか子供と共に、死を選ぶ日が近づくのではないかと、考えも浮かんでしまいます。
子供の笑顔を見るたび、押しつぶされそうな感覚が、常につきまとっています。
色々なサイトを巡り、夜も眠れず、ここに辿り着きました。
普段はコメントなどしない人間なのですが、居ても立っても居られず、コメントを載せさせていただきました。
内容もなく、拙い文章ですいません。

nobuさん、はじめまして。コメントありがとうございます!私も、希望にすがりつつ、絶望にもたれかかって、毎日を過ごしています。自分ができることを全部できている自信もありません…いっそすべて諦めて絶望に寄ると、気が楽になるのは私の弱さです。でもnobuさんのようなコメントをいただく度に鼓舞されますね。みんな一緒だ、そしてもっと未来を生きる子どもたちがいるなら、絶望している場合ではない!と。カナダの異常気象、日本のゲリラ豪雨…異常気象が激甚化する度に良かったなぁと思うのは、「これで世界が(気候変動に対して)本気になるかも」という希望が見出せることです。環境活動家の谷口たかひささんは、「気候変動の現状をみんなが知らないのは“希望”だ。なぜなら、みんなが知っていてこの状況だとしたらそれこそ絶望だ」と言っていて、私はいつもこの言葉に助けられています。ヨーロッパが先陣を切っている脱炭素への取り組みに、日本も本気で力を入れる日は近いかもしれません。気候非常事態宣言を出す自治体も増えて来ていますから。希望はありますよ。そしてその一つは「声を上げ続けること」だと思っています。だからnobuさんも、自分の心を大切にしながら過ごしていってくださいね。気持ちを同じくする方とこうして出会えて嬉しいです。ありがとうございました

 はじめまして。つい最近私もエコ不安症なのだと実感しました。もともと心配性な性格なのですが最近突然温暖化による災害や未来への絶望に襲われてしまい1週間ほど毎日家で涙が止まらなくなってしまいました。言葉に表せないほどの焦燥感と絶望は非常に辛いものでついコメントさせていただきました。自分の中に過度な情報を入れないほうが良いのは承知ですが、耳や目を塞ぐことで余計に不安になってしまうこともあります。このような暗いお話をしてしまい、申し訳ありません。ただ少しお気持ちを共有したいと思いました。

Yuさんはじめまして^ ^ いいですよ。いつでも弱音吐きに来てください。どうしようもできない絶望感、分かります。そしてこの記事のコメント欄からも分かるように、同じ気持ちの人は実はたくさんいます。それが少しでもYuさんの気を楽にできるといいのですが…逃れられない焦燥感ですよね、この夏の暑さにも追い討ちをかけられ、ニュースでは「外出を控えましょう、クーラーを付けましょう」とは言うけどなぜこんなに暑いのかの議論をだれもしない、何かがおかしい、と私も今朝から怒り狂ってました(笑)今日ちょうどたまたま「2030年すべてが加速する世界に備えよ」という新刊本を読みまして、それによると温暖化は温室効果ガスの排出が要因であることは間違い無くてしかし再生可能エネルギーの発電コストは格段に下がってきているとのことで、環境問題に関し終始楽観的な意見が書かれており、私も少し気が楽になったところです。でも決して楽観的にはなれません。テクノロジーの進歩は私たちを救うかもしれませんが、多くの人に(僭越ながら)望むのは、無関心でいないでほしいということですね。書いているうちに語ってしまいました、すみません(笑)コメントありがとうございました。気持ちが落ち込んだら、またいつでもコメントしに来てくださいね!

団塊ジュニア世代です。
日本ではコロナの報道ばかりですが、未来を考えると気候変動問題の方が深刻です。昨日公表されたIPCCのレポートを見て事態は本当に深刻だと感じました。
人間尊厳に誰も異論はないと思いますが、気候変動の主原因である人間のエゴに恐ろしさを感じ、耐えられない気持ちです。自分も生きているだけで環境に負荷をかけていると思うと、地球、他の生物、後の人類の世代に申し訳なさを感じ、妻子がいるのですが、自死したくなります。また自分の無力さに、死んでお詫びをしたくなります。今日、気候変動について調べていて、「エコ不安症」というワードを知りました。地球に悪影響を及ぼしている人間の一人として厚かましいと思いますが、この症状を改善するには、①市民活動への参加(つまり同じ意識がある人とつながる)②自然の中にいることが有効だという記事を見つけました。①を実践したく、こちらにコメントさせていただいた次第です。
私はコロナのことで一番危惧しているのは、いつか来るであろう「アフターコロナ」の時です。理由は、人類が今までの鬱憤を晴らすために、好き勝手に行動し、気候変動をさらに悪化させることです。人類はコロナパンデミックから学ばなければならないのに、それができるか非常に心配です。
とりとめのない文章を最後までお読みくださり、ありがとうございました。

はじめましてtadaさん。コメントありがとうございます。とても気持ちが伝わってくる文章で、涙ぐむほどでした。そして忘れてはいけない、通り過ぎてはいけない気持ちを舞い起こしてくれました。tadaさんのメッセージ、また先日のIPCCの報告を受け、私も今日、松本市議会の環境問題に精力的な議員さんに連絡を取ってみました。松本市に気候変動対策により力を入れてもらえるよう、具体的に訴えかけ、できれば請願書を作成できるようアドバイスいただけることをお願いしています。人を説得したり啓蒙して事態を変えようとする段階は過ぎたと感じています。達成しなければならないことははっきりしていて、それは「2030年までに温室効果ガス排出を半減させる」、という具体的な数値ですから、IPSSの掲げる数値をを政治に訴えかけるのが一番だと感じています。「世界は人の意識から変わる」と信じていましたが、そんなこと言ってられない!笑 という、前向き?なのでしょうか?そういう変化が私にも起こりました。私がこう具体的に行動できたのは、tadaさんからいただいたメッセージによることが大きいです。tadaさんの抱えているその気持ちは、実質的な力を持っています。勝手に申し訳ないですが、同メッセージを匿名でインスグラムでもシェアさせていただきました。だれかの心を打ったかもしれません。それが結果としてどのような力を持つかも分かりません。とにかく、ありがとうございました。また個人的に、政策のうちで一番変えやすいのは自治体レベルだとも思っているので、tadaさんもお住まいの自治体(県でも市でも)に直接声を上げてみてはいかがでしょう?ホームページや手紙からでもいいと思います。行動は絶望によく効く薬だと思います。しかしtadaさんの気持ちが一番大切ですから、どうか、絶望しすぎず、元気にお過ごしくださいね。気持ちを同じくする人がたくさんいますし、世界はいい方向に向かっているとも思いますよ。良いニュースもありますから。また辛くなったら(辛くなくても)ブログに遊びに来てくださいね^ ^ いつでもコメントお待ちしています。ありがとうございました。

エコ不安症という言葉に今たどり着いて、ああ、ひとりではなかったと思っている30代です。

5月に3人目の子どもを出産し、それまでは精神も強く揺らがなかったのが、産後うつ一歩手前まで揺らぎました。この中で、不安感の原因の一つが温暖化、環境変化でした。ほかの不安の原因は払拭できても、こればかりはどうなるかという答えもなく、じりじりと胸の奥でくすぶっては、色々な災害や異常気象のニュース、日々の暑さなどで煽られてしまいます。
三人の子どもの、無垢な愛らしさを感じる度、本当にこの子たちは一生この地球で、この日本で、幸せに過ごせるのだろうかと思ってしまいます。
幸せでいてほしいからこそ。

未来の孫、ひ孫も、愛する子の愛する子孫。
幸せでいてほしい。
苦しくなく、ささやかな幸せでいいから、安全でいてほしい。

誰か、地球は大丈夫だよって言って!と思っています。

だからといって、効率的な暮らしは手放せません…
車も必須です…
私がひとり、焦って行動しても微々たるものだし…
と、無力感もあります。

先日、Yahoo!コメントでどこかの企業の省エネ・温暖化対策の担当の方からの書き込みで、日々頑張っているというコメントをみて、少し安心しました。日本の技術者が努力されている。私にできないことをやってくれている人がおられる、と。

私にできることは少ないです。でも、とにかくしっかりゴミを分別することや、すこしでもエアコンを適正温度にしたり、節電節水を心がけたり、…でいいのかなと言い聞かせてます。

ここで、エコ不安症について書いていただいて、コメントできる場所をいただいたので、
私だけじゃない=すこしでも努力すれば、みんなで力をあわせて大きな力にできる!
コメントできる=不安を小さくするのに、言語化すると効果的!
とありがたく思いました。

近いうちに、エアコンの掃除をしようと思います。
記事とコメント欄、ありがとうございます。

そらさん、はじめまして。コメントありがとうございます^ ^
すごく胸に沁みる文章でした…。こと最近ではニューヨークの大洪水、カリフォルニアの森林火災など、また立て続けに災害が起きていて、私もニュースを見るたびに鬱っぽくなる日々です。自分が絶望したって世界には何の影響もなく、少しでも行動するしかない、という過程は何度も繰り返しているはずなのに飽きもせずに打ちひしがれています(笑)しかし最近は、災害は世界の人々を気候変動対策に向かわせる「きっかけ」になるのだと、前向きに捉えるようにしています。日本は気候変動による災害リスク世界第2位の国。繰り返す猛暑・大雨、暖冬は否が応でもこの問題に立ち向かわざるを得ない「原動力」になるとも思うのです。きっとそらさんのお子さまたちが生きる世界では、もはや意識自体が変わっていると思いますよ。環境を考えることは必須だという。大丈夫だと思います^ ^ 「だれか大丈夫だと言って」、ということに関して、当ブログでも書いていますが私は映画『天気の子』で救われました。あれは気候が変わってしまった世界で(新海監督も実際、気候変動のことを描いたと公言しています)、生きるのが困難になった若者、しかし彼らは「世界を救うこと」よりも最後には「自分たちが生きること」を選んだ、という、すごく命を肯定してくれている作品のように思います。よかったら記事読んでみて下さい^ ^(https://amayadoriwo.com/?p=22)長くなりましてすみません。また気持ちが落ち込んだらいつでもコメントしてくださいね。

こんにちは。はじめまして。
現在、エコ不安症になっている者です。(私は、30代前半の主婦です。)昔から、環境問題には関心を持っていましたが、ここ数年、季節ごとに感じる気候のおかしさを再認識し、恐ろしい気持ち、悲しい気持ちになっています。
私の家庭にはまだ子供はいません。以前は子供を望んでいましたが、最近は、これから産んで育てたら、子供を不幸にしてしまうのではないか、子供を産みたくないと考えるようになりました。そしてそれが主人との考えの相違になってしまうのではないか、という恐れも抱いています。本当にストレスです。(主人にこの悩みは打ち明けられていません。主人が気候変動についてどう考えているのかも聞いたことはありません。)
気候変動について無力感があるけれど、なにかをやらずにはいられないので、なるべくゴミを出さないように、余計なエネルギーを使わないように日々の生活では心がけています。それでもやはり、大量にゴミが出てしまうことにうんざりしています。
自分で行動することも限界、そして、日本や世界の環境政策にも限界を感じています。
エコ不安症という言葉は最近知ったのですが、その不安を誰かと共有するコミュニティがどこかにないかと現在進行形で探しています。TwitterやInstagramは自分が発信しないと人に気づいてもらえないので、いいねを押すだけで発信力のない私にはなかなか難しいと感じています。
ですが、Fuki様のブログを拝見して、気持ちの整理の仕方を教えてもらうことができました。自分は1人ではないということに気付かされました。本当にありがとうございます。きっとこれから生きていく中で何度も悩むことになると思いますが、その度にこちらのページを読みに来ると思います。
長々とまとまらない文章を失礼致しました。これからもfuki様のブログ、Twitter、インスタ、拝見させていただきます。応援しています。

poppさん、コメントありがとうございます!とても考えさせられました。こちらの記事のコメント欄は、同じ気持ちの方がこれから読んでいってくれると思うので、気持ちの整理場所としてどうぞ使っていってくださいね。つい最近のことですが、国連人権理事会で「環境は人権問題」だとする決議が採択されましたね。しかし日本・中国・インド・ロシアは棄権しています。(調べてみた限りでは棄権の理由は明らかにされていません…)これを見て「希望」だと感じるのは、環境問題に対して日本はかなり後進国といえると言うことです。先月行われたドイツの総選挙では、気候変動対策が大きな争点だったそうで、エコロジー政策を掲げる緑の党は第3党に躍り出ています。私は、poppさんの感じている> 子供を不幸にしてしまうのではないか、子供を産みたくないと考えるようになりました。そしてそれが主人との考えの相違になってしまうのではないか、という恐れも抱いています。<というのはまさにpoppさんの当たり前にある権利を侵害していることだし、その気持ちを周りと共有できないというのもあまりにも残酷なことだと思います…。子どもを持つ持たないの選択は、私も同じような気持ちでいます。誰にも言ったことはないけれど…。でも覚えていていただきたいのは、日頃日本の社会で感じる「当たり前」は今やまったく「当たり前ではない」ということです。日本人が環境問題を本気で問題として認識する潮目は今はまだ来ていないように感じますが、時間の問題だと思います。なのでどうかpoppさんも孤独を感じすぎず、無理をしすぎずにお過ごしくださいね…。ご覧の通り私も最近では環境問題とは関係ない話を書いてバランスを取っています(笑)それでも最近は、何かのイベントで「環境問題について話してほしい」とお声かけくださる機会が本当に増えてきています…!それだけみなさんの意識に「環境問題」が顕著に現れてきていているのだなぁと、私は僅かながら希望を感じている今日この頃です。と、こちらも取り止めもないことを書いてしまいましたが…、またいつでもブログに遊びに来てくださいね^_^

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