「時間」とは何か?「自分の時間を生きる」とは何か?
「時間」そして「人生」の本質を今一度思い出すきっかけを私に与えてくれた、一冊の本をご紹介します。
ミヒャエル・エンゲ作
ドイツ児童文学『モモ』
私たちの生活になぜ時間が無いかというのは、きっと多くの人が疑問に思っていることでしょう。
一日には確実に24時間があり、それは自分の人生を構成する全てであり、疑いようもなく自分のものであるはずです。
なのになぜこんなにも”自分の時間”が少ないのか。
時間が無い、時間がもったいない!
そんな人に贈る物語です。
『モモ』あらすじ
主人公は、円形劇場に住む浮浪児の女の子、モモ。
くしゃくしゃの髪の毛、ボロボロの服をまとっていながら、しかし彼女には素晴らしい才能がありました。それは、人の話を聞くこと。
人の話を心深くまで理解できてしまう彼女と、その澄んだ瞳の前では、誰もが言いたいことがぴったり言え、また自分でも考えもしなかった、自分の本当の気持ちが出てきます。
こうしたわけで、街の人々はみな、悩みがあるときにはモモのところへ行って話を聞いてもらいました。
一方で、街に潜み寄るのは、灰色の影。
彼らは人々から時間を盗むことで生きている、「時間泥棒」の一味でした。
彼らの働きにより、街の人々はだんだんとせっかちになり、時間の余裕のない生活を送るようになりました。
モモのいる円形劇場に来る人も絶えて行き……
時間泥棒の魔の手は、やがてモモの元にも忍び寄ります。
しかし、相手の心を見透かすモモには、灰色の声は届きません。
それのみならず、時間泥棒は、意図しないながらもつい自分たちの企んでいることをモモに打ち明けてしまいます。
街の人々を救うため、モモは時間泥棒の世界へと、人々の時間を取り戻す冒険へ出かけます。
そこでモモが見たのは、”時間”というものの正体。”時間”の秘密。
それは花の命であり、星たちの歌声であり、涙が出るほどに美しい、時間の根源でした。
物語の主題:「時間」とは?
とてもとてもふしぎな、それでいてきわめて日常的なひとつの秘密があります。すべての人間はそれにかかわりあい、それをよく知っていますが、そのことを考えている人はほとんどいません。たいていの人はその分け前をもらうだけもらって、それをいっこうに不思議とも思わないのです。その秘密とはーーそれは時間です。
出典:『モモ』(岩波少年文庫)p.83
この物語の主題は「時間」です。時間とは何なのか、どこから生まれ、どのようにして去っていくのか。
そして現代人が「時間がない」と感じる時、「時間」は一体どこに行ったのか。その様子がファンタジックに、かつ分かりやすく描かれている物語です。
「時間」より「お金」や「効率化」を重視した社会の末路
この作品は児童文学ですが、作品を通して著者のミヒャエル・エンデ氏は、人生の「時間」よりも「お金」を重視した現代経済のあり方に一石を投じていて、ファンタジーや夢物語で終わらない、非常に風刺的で、社会的メッセージを含んだ作品であります。
編集者の松岡正剛は、「エンデはあきらかに時間を『貨幣』と同義とみなしたのである。『時は金なり』の裏側にある意図をファンタジー物語にしてみせた」と評した。
「時間」を「お金」に変換し、利子が利子を生む現代の経済システムに疑問を抱かせるという側面もある。
このことに最初に気が付き、エンデ本人に確認を取ったのはドイツの経済学者、ヴェルナー・オンケンである。
貧しいながらもみなのんびり仲良く暮らしていたモモの街に、突如現れた「灰色の組織」。
灰色の組織によって街の人々の時間がじわじわと奪われていくのですが、そこで描かれている殺伐とした街の様子は、現代の日本を実によく表しているようにも思えます。
なあ、おれはいまどうなってると思う?もう昔のようじゃないんだぞ。時代はどんどん変わるんだ。いまおれのいる向こうじゃ、まるっきり違うテンポで進んでいる。まるで悪魔みたいなテンポだ。一日でビルの一階まるごとができあがっちまって、それが毎日、次々とできていく。まったく、昔とはまるでちがう!なにもかも組織だっていて、手をひとつ動かすにも決められたとおり、いいか、ひとつのこらずきちんと決まってるんだぞ…
出典:『モモ』(岩波少年文庫)p.121
ところでその「灰色の組織」は、どのようにして人々から時間を奪うかというと、人々に「時間を節約させる」のです。
この展開には少し驚きました。ファンタジーの物語らしく、魔法のように抽象的な方法で時間を奪うのか、それとも人々に無益に時間を費やさせるのかと思いきや、灰色の組織は、人々に「時間というものがいかに有益であり、人々がいかに時間を無駄にして生涯を過ごしているか」を説き、人々に焦燥感を抱かせるのです。
これこそ灰色の組織の手口。人々に意識的に時間を「節約」させ、せかせかした生活に追い込みます。しかし人々のもとには時間は残らず、知らず知らずにその時間は灰色の組織のもとに…。そのようにして時間を奪っていくのです。
時間を節約するほどに、私たちの時間がなくなる
忙しい生活を続けると、いかにして「時間」を確保するか、いかにして時間を「効率的に使うか」を考え始めますよね。
しかし、この「時間を節約すること」にこそ、『モモ』の作者、ミヒャエル・エンデ氏は警鐘を鳴らしているのです。時間を節約しようとすればするほど、時間を擦り切れさせ、私たちを消耗させ、それこそ、時間泥棒の思うツボであると。
時間をケチケチすることで、ほんとうはぜんぜんべつのなにかをケチケチしているということには、だれひとり気がついていないようでした。
じぶんたちの生活が日ごとにまずしくなり、日ごとに画一的になり、日ごとに冷たくなっていることを、だれひとりみとめようとはしませんでした。出典:『モモ』(岩波少年文庫)p.106
せかせかし、冷酷になってしまった街の人々を救うべく、モモは時間の国へ旅します。そして「時間」というものの本質を知ることになります。
時間をはかるにはカレンダーや時計がありますが、はかってみたところであまり意味はありません。というのは、だれでも知っているとおり、その時間にどんなことがあったかによって、わずか一時間でも永遠の長さに感じられることもあれば、ほんの一瞬と思えることもあるからです。
なぜなら時間とは、生きるということ、そのものだからです。そして人のいのちは心を住みかとしているからです。
出典:『モモ』(岩波少年文庫)p.83
まとめ
「時計というのはね、人間ひとりひとりの胸のなかにあるものを、きわめて不完全ながらもまねて象ったものなのだ。光を見るためには目があり、音を聞くためには耳があるのとおなじに、人間には時間を感じとるために心というものがある。そして、もしその心が時間を感じとらないようなときには、その時間はないもおなじだ。」
出典:『モモ』(岩波少年文庫)p.236
この物語は、「時間」という主題を軸にした、「こころ」と「生きること」の本質を説いた物語です。
お金や効率化のために、「こころ」を失くさないように。時間を節約しようと、あなたの本当に大切なものを失わないように…。
「その気になれば、金もちになるのなんか、かんたんさ。」ジジはモモに言いました。
「でもな、ちっとばかりいいくらしをするために、命も魂も売りわたしちまったやつらを見てみろよ! おれはいやだな、そんなやり方は。たとえ一杯のコーヒー代に事欠くことがあっても。」
出典:『モモ』(岩波少年文庫)p.58
生活がどうにもせかせかし、ギスギスしていると感じる人ににオススメの本。
1973年に出版されていながら、まさに現代の日本人が失い、しかし心のどこかで求めているメッセージを含んだ物語であると思います。
モモが時間の国で見た、時間の生まれるところ、時間の泉のほとりに立つシーンは、とても神秘的で美しいものでした。ぜひ多くの人に読んでほしいです。ぜひ^ ^
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おまけ
冒険の途中、モモは時間の支配人であるマイスター・ホラから朝ごはんに招待されます。この物語の中でも、印象的なシーンの一つ。
金色の渦巻きパンに、黄金色に輝くハチミツ、それに甘〜いホットチョコレート!NHK Eテレ番組「グレーテルのかまど」でも紹介されていました。
見ているだけで、あまーくてうっとり!
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