笑いというものがよく分からない

 

私は笑いというものがよく分からない。

 

私は滅多に面白いことを言わない。

まず、高校を卒業するまでは「面白いことを言おう」という概念が全くなかった。大学へ通い始めて初めて、自分の中で「これが面白い」ってことがなんとなく形成されてきて、しかし仲間としゃべっているとき自分で「面白いな」と思うことを言うと、イマイチ盛り上がらなかった。むしろだれも笑わない。場がシラけてしまう場合が大半だった。

 

なぜだろう。思うに私は、私の笑いのセンスが世間とズレているか、あるいはそもそも笑いというものが全然分かっていない。

 

本当に分かっていないだろうか?いや、他の人が何か面白いことを言うと、「ああ面白いな」「なんでそんなこと思い付くんだろうすごいな」と思う。だから一応、一般的に何が面白いのかはある程度分かっている、と思う。

 

しかしその「笑い」を自分から作り出すことがどうしてもできないのだ!

他の人の「面白い」は理解できるけど、みんなに提供でき共有できる笑いが作り出せないのだ。「面白い」は分かる。でも、自分の思い付いた「面白い」が他の人とどうしても共鳴しないのだ。そして実はここが一番困ったところです。

 

自分の中で「面白い」というのがなまじあるので、笑いのセンスを矯正する術がないのだ。だから私は一生シラけた空気を生み出し続けるしかないのだ。「あれぇ、なんでだろう?」と思いながら今のところずっと生きています。

 

 

ふと思い出すのは、たとえばこれは2年前くらいの話。その夜、久しぶりに中学時代の同級生同士で集まって、家で飲んでいた。

 

リビングのテレビにはサッカー中継が映っていて、おしゃべりをしつつそれをみんなで観ていた。するとサッカー好きな女の子が、ある外国人プレイヤーを見て「はぁ〜!〇〇(名前)カッコいい〜!!惚れるわ〜!」と言うので、私はその子に、「一体その人のどんなところがカッコいいの?」と聞いた。

 

すると、「ほらぁ眉毛がカッコいいじゃんっ!!」と言うので、「ふーん、そうなんだ。カッコいいのが鼻毛じゃなくてよかったね。」と返した。

 

 

場がしーんとなった。これが私のいつも作り出してしまう空気です。うん知ってるこの感じ。さんざん経験してきたから。えーー、でも、カッコいい鼻毛のサッカー選手って、面白いじゃん。想像してみてよ。ほら、カッコいいのが鼻毛じゃなくて眉毛でよかったでしょ?眉毛ごときでカッコいいなんて言うな、っていう皮肉なんだよ。あーあなんでみんなこの笑いが分かってくれないのォ。。。

 

 

 

…でも別にいいのだ!開き直り!

 

私は他に何か面白いこと言おうと思っても、どうせたいしたことは言えないんだから。それに世界はうまくできていて、みんなが面白いと思うことを素早く的確に言ってくれる人は他にいるんだから。私には絶対その役目が回ってこないというだけで。でもどうせ端っこで黙ってヘラヘラ笑ってるだけなら、せめて自分が面白いと思うことくらい言った方がいいと思ってる。まあこの空気になっちゃうんだけど。

 

笑というものがもっとちゃんと分かったらなぁと思う。笑うと人は必ず幸せな気持ちになっちゃうから、笑いとは高尚な芸術だと思う。ほんとだったら私も、シュールで皮肉で、ゆるくて、それでいて世界の真実を含んでいて、爆笑はしないけど人生で何回も思い出しちゃうような、そういう漫画が描きたい笑

でも今んところ、ぜんぜん分かんないなー、「笑い」。

 

 

でもねでもね。

あの夜、カッコいいのが鼻毛じゃなくてよかったね、と言ったその時、静かな空気の中で、「ふっ。」と小さく笑ってくれた人が一人だけいて、ああ私はこういう人と出会いたい、って思ったんだ。まあそれだけの話です。

 

 

 

 

 

 

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