ついに行ってしまった、占い。
カウンセリング(雑談)を何件かやってみて、やっぱりプロのものを一度体験してみようと思った。
また、最近YouTubeでタロットのチャンネルをいくつか見ている。実はちょっとハマっている笑
当たる当たらない以前に、とにかくポジティブなのである!!そこで出てくる言葉たちが。占いの世界も意外と奥深いかもしれない。昨日、「占い師_なるには」と調べてしまったほどだ。
しかし私は占いを信じていない。
ただカードをシャカシャカやって、その並び順に運命が現れるなんてそんなことはないと思う。そこに神の意思が宿る?いやいや、神様だってタロットを切るたびいちいち気を配ってられないでしょ。
そして、個人対面でない以上、星座ごとに占うという大変ざっくりしたものである。わたしはいて座だけれど、全国の「いて座さん」が、私と同じタイミングで同じ運命を辿るとはぜんぜん思えない。
と思いつつ、見ると元気になるのも確か。ちなみに私が一番見ているのはこの人です。
うぅ〜っ…なんてポジティブ。。
これは私の考えだけれど、占いの役割には、「自分の中にぴったり来る言葉に出会う」ことがあると思う。
たとえば、旅に出たい人がいるとする。「旅に出たいと思ってるんですけど、なかなか踏ん切りが付かなくて…行くべきですか?」と相談する。
で、四柱推命やらタロットやら知らないけれど、なにかで占って、「ああ、今は行かないほうがいいかもしれません。その方向運気悪いです。」とか言われる。
「なにくそ!ふざけんな」と思う。ほんとうに行きたかったのなら。
「ああ、やっぱりそうなんですね」と思う。ほんとうに行きたいわけではなかったら。
占いは、自分の心がどう反応するかのリトマス紙としてはすごく役に立つと思う。個人的な意見ですが。
前の記事でも言ったけど、私たちはたぶん「自分で答えを持っている」。それを確かめるための占いであり、だれかの助言である。それを言われて、自分の気持ちがどう動くかの確認である。女子がカフェで長々とおしゃべりするとき、だいたい最初から言ってほしい言葉は決まっている。それと同じだ。
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まあいいや。とにかく、行ってしまった、である。
結論。
なんか、すごかった。
すごいというのは、私は占いといったら、手相とかタロットカード、数奇術や星座(誕生日)など、データというか「ノウハウと方法」でもってやるものだと思っていた。
しかしこの先生、悩み事を相談した途端にだまって、ただ、すらすらと紙に言葉を書いていくのである。すごおくインスピレーションで。「ただイメージとして言葉が浮かんでくる」のだそう。
私が相談したのは、「次のステージに行きたいソワソワ感がずっとあるが、それがどこにあるのか分からない。何をすればそこに行けるかが分からない。」ということ。
なんとも漠然とした相談だが、それに対して先生が書いてくれたのは以下の通りである。(絵や文章を書いているということは言ってある)
ばーっと書いてくれた。適宜質問もしてくれて、その度に、書き足す。20分。話の結論をまとめると、
「次のステージにいくには…」
・感じたまま表現できる力を養いなさい
・思考を消すこと
・無になる訓練をしなさい
・呼吸法を使って。瞑想は危険なのでNG
・自分を解放せよ
・他人の評価は気にするな
ほかにもいっぱいあったのだけど、なんだかぼーっとしてしまってよく覚えていない。
「思考がじゃまをしている。無になる練習を。」
と言われたのがいちばんピンときた。この言葉をもらえただけで今日はよかった。この人に見てもらってよかったとも思う。松本市の方、オススメします。(占いの館 千里眼)の「さやの先生」。たぶん人気の先生だと思う。
20分2,000円である。最初、ほとんどお金を捨てるつもりで挑んだが、、行ってよかった。よい体験をした。それが素直な感想である。
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キラキラした気持ちを抱え、帰宅し、妹(無神論者。占いはぜんぜん信じない)に今日のことを報告した。「無になれと言われたぜい!」と。
すると妹は、、
「へー、きっと、みんなにそう言ってるんだね」
と言った。
ひどっ。
みんなに「無になれ」なんて言うわけないでしょ!!笑
ほんとにみんなに言ってたら、そのうち松本市中の女子みんな「無」になりはじめるぞ。なんだそれ。いいのか、それ。
まあ、そんな街も見てみたい気がする。女の子がみんな「無」になってる街。
わるくない。
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